⑮ 右肩上がり経済と横ばい経済
国家経済を考察する際には、経済指標や金融政策だけでは十分ではありません。
市場で活動する経済主体が、将来をどのように予測して行動するかという「期待」の問題も極めて重要であります。
私は、この期待の違いによって、同じ経済政策であっても、その効果は大きく変化すると考えています。
第一 右肩上がり経済の時代
昭和後期から平成初期にかけて、日本経済は長期間にわたり高い成長を続けました。
企業収益は拡大し、所得は増加し、土地価格や株価も継続的に上昇しました。
特に土地価格は、一般物価の上昇を大きく上回る勢いで値上がりし、「土地神話」と呼ばれる考え方まで生まれました。
土地は保有しているだけで価値が上昇すると考えられ、多くの企業は土地を担保として資金を調達し、工場、店舗、設備などへの積極的な投資を進めました。
借入金は増加しましたが、それ以上に資産価格が上昇したため、帳簿上の純資産も拡大し、財務内容が改善しているように見える状況が生まれました。
いわゆる「焼け太り」とも表現できる現象であります。
第二 バブル経済の形成
しかし、景気循環の観点から見ると、景気が過熱した局面では、本来、財政政策や金融政策は引き締め方向へ転換することが望まれます。
ところが、バブル経済期には、拡張的な政策や積極的な資金供給が継続し、市場には過剰な資金が流入しました。
その結果、実物経済を上回る速度で資産価格が上昇し、土地や株式に対する過度な期待が形成されました。
このような状態は永続するものではありません。
景気循環の中では、いずれ調整局面を迎え、資産価格は本来の経済実態へ近づいていきます。
バブル経済とは、実物経済と資産価格との均衡が大きく崩れた状態であると考えることができます。
第三 期待が経済を動かす
私は、バブル経済を支えていた最大の要因は、「右肩上がり経済が続く」という社会全体の期待であったと考えています。
人々が将来も資産価格が上昇すると信じれば、借入を行い、設備投資を拡大し、不動産を取得し、事業を積極的に拡大します。
その結果、経済活動はさらに活発になり、景気は一段と拡大します。
つまり、期待そのものが新たな投資を生み出し、景気を押し上げる原動力となるのであります。
第四 横ばい経済への転換
一方、資産価格が長期的に安定し、人口減少や成熟経済が意識される社会では、人々の期待は大きく変化します。
将来も急激な資産価格の上昇は期待しにくくなり、企業も慎重な投資判断を行うようになります。
仮に金融緩和や財政支出が行われても、それだけで積極的な設備投資や事業拡大が生じるとは限りません。
将来の需要や収益に対する期待が弱ければ、企業は内部留保を厚くし、投資を見送ることもあります。
このような経済では、右肩上がり経済を前提とした時代とは、政策効果の現れ方が異なります。
第五 マクロ経済の現実論の視点
マクロ経済の現実論では、経済政策の効果は、財政支出や金融政策だけによって決まるものではないと考えます。
経済主体が将来をどのように見通し、どのような期待を持って行動するかという心理的・社会的要素も重要な構成要素であります。
右肩上がり経済では、将来への期待が投資を促進し、経済成長を後押しします。
一方、横ばい経済では、政策だけでなく、新しい産業の創出、技術革新、人口構造への対応、公共財の整備などを通じて、将来への期待そのものを育てることが重要になります。
結論
私は、国家経済を発展させるためには、単に貨幣を市場へ供給するだけでは十分ではないと考えています。
市場が将来に希望を持ち、企業が新たな投資へ踏み出し、国民が未来に豊かさを感じられる社会を構築することが必要であります。
右肩上がり経済の時代と横ばい経済の時代では、経済主体の期待が大きく異なります。
したがって、国家経済を考察する際には、財政政策や金融政策だけではなく、人々の期待形成や社会全体の将来展望を含めて分析することが重要であります。
マクロ経済の現実論では、この「期待」の形成を国家経済を支える重要な要素の一つとして位置付けます。期待は目に見えないものですが、投資、消費、技術革新、そして経済発展を方向付ける原動力であり、国家の未来を左右する重要な資本であると考えています。
