㉑ 資本主義と戦争
二十世紀後半以降、日本は長期間にわたり戦争を経験することなく、経済発展を続けてきました。
その間、国家財政は恒常的な歳出超過の状態が続き、多額の国債が発行されてきました。
この現実を見ますと、「国家財政は赤字であるから、いずれ必ず破綻する」という単純な考え方では、現代の国家経済を十分に説明することはできません。
私は、この問題を理解するためには、歴史と貨幣制度の変化を併せて考察することが重要であると考えています。
第一 歴史から見た国家財政
江戸時代を例に考えてみましょう。
江戸幕府は、初代徳川家康、二代秀忠、三代家光の時代には比較的安定した財政運営を行っていました。
しかし、時代が進むにつれて財政は徐々に悪化し、幕末には深刻な財政難に直面しました。
当時の通貨は、金貨・銀貨・銅貨など、それ自体に価値を持つ貨幣が中心でした。
貨幣の供給には金属資源という制約があり、財政運営にもその影響が強く及んでいました。
一方、現代の日本は管理通貨制度を採用しています。
現在流通している紙幣は、金との交換を保証するものではなく、国家への信用と経済活動全体によって価値が支えられています。
したがって、江戸時代の貨幣制度と現代の貨幣制度を同じ基準で比較することはできません。
第二 戦争と財政構造
歴史を振り返ると、大規模な戦争や政権交代、制度改革などを契機として、国家財政や債務構造が大きく変化した例は少なくありません。
戦争そのものが財政問題を解決するわけではありませんが、社会制度や財政制度の再編が行われる契機となる場合がありました。
しかし、第二次世界大戦後の日本は、長期間にわたり平和国家として歩み続けています。
このような状況の中でも、国家経済は管理通貨制度のもとで継続的な歳出超過を維持しながら運営されてきました。
これは、現代国家の財政を理解する上で重要な事実であります。
第三 国家財政と貨幣信用
国家経済において最も重要なのは、単に国債残高の大小ではありません。
市場に供給される貨幣が、国内の商品・製品・サービスの供給能力と均衡し、貨幣に対する信用が維持されているかどうかであります。
貨幣は、それ自体に価値があるのではなく、人々がその貨幣で商品・製品・サービスを購入できるという信頼によって価値を持っています。
したがって、国家経済では、貨幣供給と実体経済との均衡が極めて重要になります。
マクロ経済の現実論では、国家の歳出超過は市場経済を支える役割を果たしますが、その前提として、貨幣信用を維持し、インフレや通貨価値の急激な低下を防ぐことが不可欠であると考えています。
第四 国家債務と家計の借金
ここで重要なのは、家計や企業の借金と、国家の債務は同じではないという点です。
家計や企業は、最終的には借入金を返済しなければなりません。
一方、国家は管理通貨制度のもとで、国債の借換えや新規発行を含めた長期的な財政運営を行っています。
故・加藤紘一元自由民主党幹事長が、
「個人の借金は一円まで返さなければならないが、国の借金は全部返すというものではない。」
と述べたとされる考え方は、この違いを端的に表現したものとして理解することができます。
もっとも、これは無制限の財政拡大を正当化するものではありません。
国家財政にも適正な規模があり、市場経済との均衡を維持することが重要であります。
第五 マクロ経済の現実論の立場
近年、現代貨幣理論(MMT)についてさまざまな議論が行われています。
MMTは、管理通貨制度のもとで財政赤字や国債発行の役割を重視する理論として注目されていますが、その政策運営や適用範囲については、多様な評価があります。
マクロ経済の現実論では、国家経済の歳出超過そのものを否定するものではありません。
しかし、それは市場における貨幣供給量、商品・製品・サービスの供給能力、インフレ率、貨幣信用などとの均衡を前提としたものであります。
私は、国家経済は必要な支出を積極的に行うべきである一方、その支出は常に実体経済との均衡を保ちながら運営されるべきであると考えています。
結論
第二次世界大戦後の日本は、管理通貨制度のもとで、平和を維持しながら長期間にわたり国家経済を運営してきました。
この現実は、近代以前の貨幣制度とは異なる、新しい国家財政の姿を示しています。
マクロ経済の現実論では、国家財政の健全性は、単なる歳入歳出の均衡だけでは判断しません。
市場に適切な貨幣を供給し、公共財を整備し、商品・製品・サービスの質と量を向上させながら、貨幣信用を維持することが国家経済の本質であると考えています。
私は、この均衡ある財政運営こそが、平和な二十一世紀の国家経済を支える基本原理であると位置付けています。
