㉙ ファシズムと国際秩序
二つの世界大戦とファシズム、そして戦後の国際連合の成立は、二十世紀の世界史を理解する上で相互に深い関係を有しております。
本章では、その歴史的経過について、私なりの視点から一つの歴史仮説として考察してみたいと思います。
歴史は単独の出来事だけでは理解できません。
政治・経済・軍事・外交という複数の要素が相互に作用し、一つの時代を形成しております。
したがって、私は世界大戦やファシズムを、それぞれ独立した現象としてではなく、一つの国際秩序の変化として捉えております。
まず、経済の側面から見てみます。
資本主義の発展過程は、一般に、①重商主義、②自由主義、③帝国主義(独占資本主義)の三段階として説明されます。
重商主義及び自由主義の時代には、イギリスが世界経済を主導しておりました。
一方、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけては、ドイツが工業力・科学技術・教育水準などで急速な発展を遂げ、ヨーロッパ有数の経済大国へと成長していきました。
このような経済力の変化は、国際政治にも大きな影響を与えます。
経済力が変化すれば、軍事力、外交力、国際的発言力も変化するからであります。
当時の国際社会は、既存の秩序を維持しようとする勢力と、新たな影響力を獲得しようとする勢力との間で緊張が高まり、やがて二度の世界大戦という極めて大きな悲劇へと発展しました。
私は、この時代を、世界の主導権が大きく転換する過渡期であったと考えております。
また、ファシズムが各国で台頭した背景についても、単一の要因だけでは説明できません。
経済不安、政治的不安定、社会的不満、国際的緊張など、複数の要因が重なり合い、民主的な制度への信頼が低下した結果として、強力な指導者を求める社会心理が形成されたものと考えられます。
その結果、国家全体が過度に統制される政治体制が成立し、戦争への道を進むこととなりました。
このような歴史は、特定の国家だけの問題ではなく、人類社会全体が経験した教訓として受け止めるべきであります。
第二次世界大戦後には、このような悲劇を繰り返さないため、新しい国際協調体制として国際連合が設立されました。
国家間の対立を武力ではなく外交と協議によって調整することが、その重要な理念であります。
もちろん、国際連合にも多くの課題が存在しております。
安全保障理事会の構成や拒否権制度などについては、現代の国際社会に適合した改革を検討すべきとの議論も少なくありません。
しかしながら、国家間の対話を継続する制度としての意義は、現在においても極めて大きいものがあります。
日本もまた、この激動の時代の中で多くの経験を重ねてまいりました。
近代化を急速に進め、列強諸国と肩を並べる国家となりましたが、その一方で国際情勢の変化の中に巻き込まれ、多大な犠牲を経験することとなりました。
戦後の日本は、平和国家として経済復興を遂げ、高度経済成長を実現し、今日では科学技術、産業、文化など多方面において世界に大きく貢献する国家となっております。
私は、この歩みは、人類社会が軍事力を中心とする時代から、経済力・技術力・文化力を中心とする時代へ移行していることを象徴しているものと考えております。
「マクロ経済の現実論」が目指す方向も、まさにこの点にあります。
国家が競い合う対象は、軍事力ではありません。
国民生活の豊かさ、科学技術の発展、公共財の充実、教育水準の向上、そして人類社会全体の文明の発展であります。
私は、二十世紀の世界史が残した最大の教訓は、「軍事的優位を競う時代から、文明的価値を競う時代への転換」であると考えております。
これからの国際社会には、対立による支配ではなく、協調による発展が求められます。
そのためには、政治・経済・文化・教育を総合的に発展させる文明設計が必要であり、それこそが「マクロ経済の現実論」が目指す「人類社会の最終設計論」へとつながる基本理念であると考えております。
