㉚ コロナ禍における社会経済政策論
「コロナ禍であっても経済を回さなければならない。」
この言葉は、コロナ禍を通じて繰り返し語られました。では、この考え方は、本当に経済の本質を捉えているのでしょうか。
ここでは、一度貨幣経済を離れ、思考実験として物々交換経済を想定して考察してみます。
仮に貨幣が存在しなくても、人々が衣・食・住を支える産業を維持し、生活に必要な商品・製品・サービスを供給できるならば、人間の生活そのものは継続することができます。経済の本質は貨幣ではなく、商品・製品・サービスの生産と供給にあるからです。
この視点に立つと、感染拡大を助長する一部の産業について、一時的に活動を制限したとしても、生活に必要な産業が維持され、市場における貨幣流通が適切に管理されるのであれば、社会全体の経済機能は維持することが可能となります。
その場合に国家経済が果たすべき役割は明確です。
一時的に営業停止や活動制限の対象となる事業者や労働者に対して生活保障を行い、国民生活を維持しながら感染拡大を抑制することであります。
国家経済の目的は、単に経済活動を継続させることではありません。
社会全体の安定を維持し、市民経済が再び正常に機能する環境を整備することこそ、その本来の使命であります。
もちろん、感染症対策には医学・公衆衛生・経済・教育・社会活動など、多様な価値の調整が必要であり、一つの政策だけが唯一の正解となるものではありません。しかし、「マクロ経済の現実論」の立場からは、国家が生活保障を適切に実施することによって、より柔軟な政策運営が可能になると考えます。
では、政府が「経済を回す」という表現を重視する理由は何でしょうか。
一つの考え方として、「ノーワーク・ノーペイ(働かなければ報酬は得られない)」という社会の基本原則を維持しようとする思想があります。
平常時において、この原則は勤労意欲や社会秩序を支える重要な理念です。
しかしながら、感染症の大流行や大規模災害のような非常時にまで、この原則を機械的に適用することが適切かどうかは、別途検討されるべき問題であります。
非常時に国家経済が担うべき役割は、市民に自己責任のみを求めることではなく、社会全体を維持するための安全網を適切に機能させることであります。
私は、「マクロ経済の現実論」の立場から、国家経済とは非常時にこそ本来の役割を発揮する制度であると考えています。
国家が適切に生活保障を行い、必要な産業を維持し、市場への貨幣供給を適正に管理することによって、市民経済は安心して再出発することができます。
このように考えると、「経済を回す」という表現だけでは、国家経済の本来の役割を十分に表現しているとは言えません。
重要なのは、国民生活を守りながら社会全体を維持し、感染症収束後により良い経済活動へ円滑に移行できる基盤を整備することであります。
これこそが、「マクロ経済の現実論」における国家経済の基本的使命であり、市民経済と国家経済が相互に支え合う文明社会の在り方であると、私は考えております。
