㉔ 時代逆行の新自由主義
―競争は目的ではなく、人類社会を発展させるための手段である―
二十世紀後半以降、「新自由主義」という考え方が世界各国に大きな影響を与えてきました。
市場競争を重視し、規制緩和、民営化、小さな政府を目指す政策は、多くの国で採用され、経済成長を促進する政策として評価されてきました。
しかし、私は、マクロ経済の現実論の立場から、新自由主義を歴史の流れの中で考察すると、その適用には一定の限界があると考えています。
第一 自由主義が成立した歴史的背景
本来の自由主義は、市場が絶えず拡大していた時代に成立しました。
近代ヨーロッパでは、大航海時代以降、新市場の開拓や植民地の拡大によって、生産と需要が継続的に増加していました。
このような環境では、自由競争は新しい産業を育成し、生産性を向上させ、経済全体を発展させる大きな原動力となりました。
市場が拡大し続ける社会では、競争は豊かさを創出する重要な役割を果たしたのであります。
第二 成熟した経済では競争の性質が変わる
しかし、経済が成熟すると、市場は無限に拡大するわけではありません。
人口構造、需要の伸び、社会資本の整備状況などにより、多くの産業では市場規模が安定していきます。
このような成熟社会において、成長期と同じ自由競争をそのまま適用すると、価格競争だけが激化し、過当競争によって企業や労働者が疲弊する場合があります。
私は、この段階では、競争そのものを目的とするのではなく、公正で持続可能な競争環境を整備することが国家経済の重要な役割になると考えています。
第三 新自由主義の功績と限界
新自由主義は、多くの分野で経営効率の改善や技術革新を促進しました。
その成果は決して否定できません。
一方で、競争を過度に重視した結果、所得格差の拡大、雇用の不安定化、地域経済の衰退などを招いたとの指摘もあります。
経済政策は、一時的な成長率だけで評価するものではありません。
国民生活の安定、労働環境、地域社会の維持、長期的な産業育成など、多面的な視点から評価する必要があります。
第四 国家経済が果たすべき役割
マクロ経済の現実論では、国家経済は市場経済を支える存在であります。
市場が健全に機能するよう公共財を整備し、必要に応じて景気を調整し、労働者を保護しながら、企業活動が持続できる環境を整えることが国家経済の使命であります。
したがって、競争は市場経済を活性化するための重要な手段ではありますが、それ自体が目的ではありません。
競争によって商品・製品・サービスの質と量が向上し、人々の生活が豊かになることが、本来の目的なのであります。
第五 二十一世紀の経済政策
戦後の日本では、高度経済成長期において積極的な財政政策と民間投資が相乗効果を生み、道路、港湾、空港、新幹線、住宅など、多くの社会資本が整備されました。
その過程では、景気の変動が大きい時代であったからこそ、大規模な社会基盤整備が進んだ側面もあります。
しかし、成熟社会となった現在では、経済政策の目標も変化しています。
今後求められるのは、景気を過度に変動させることではなく、安定した経済環境を維持しながら、技術革新、人材育成、研究開発、高付加価値産業を育成することであります。
過度な価格競争を抑え、公正な競争を維持し、企業が長期的な研究開発や人材投資を行える社会こそ、二十一世紀の成熟国家にふさわしい経済構造であると私は考えています。
結論
私は、新自由主義そのものを全面的に否定する立場ではありません。
自由競争には、技術革新や生産性向上を促進する大きな力があります。
しかし、その競争が社会全体の幸福よりも優先されるならば、本来の目的を見失ってしまいます。
マクロ経済の現実論では、市場経済と公共政策、競争と協調、効率と公正を相互に補完することが重要であると考えています。
競争は目的ではありません。
人類社会全体の豊かさと文明の発展を実現するための手段であります。
私は、この均衡ある経済運営こそが、成熟した二十一世紀社会に求められる国家経済の姿であると考えています。
