⑲ 経済の相対的競争論

 これまで「マクロ経済の現実論」をお読みいただいた皆様は、国家経済と市民経済の違いについて、徐々にご理解いただけたことと思います。

 ここでは、さらに一歩進めて、「経済の相対的競争論」という考え方をご説明いたします。

 私は、企業や国家の経済成績は、絶対的な数値だけで評価するものではなく、その成果がどのような競争環境の中で実現されたかという相対的な視点から評価することが重要であると考えています。

第一 経済成績は競争条件によって評価が変わる

 例えば、ある企業が一年間で百万円の純利益を計上したとします。

 この数字だけを見れば、百万円という利益は客観的な事実であります。

 しかし、その評価は、市場環境によって大きく異なります。

 競争が極めて激しい業界で達成した百万円なのか。

 比較的競争が緩やかな市場で達成した百万円なのか。

 また、世界的な金融危機であった二〇〇八年(リーマン・ショック)のような厳しい景気環境で達成した利益なのか、それとも比較的景気が安定していた二〇一九年に達成した利益なのかによって、その経済的評価は大きく異なります。

 数字だけでは、経済の実態を正確に判断することはできません。

 その成果がどのような市場環境の中で生み出されたかを考察して初めて、その経済的価値を適切に評価することができます。

第二 国家経済は競争環境を形成する主体である

 市民経済では、市場環境は与えられた条件として受け入れることが一般的です。

 しかし、国家経済は異なります。

 国家は、財政政策、金融政策、公共財の整備、税制、社会保障制度などを通じて、市場全体の競争環境そのものを形成することができます。

 すなわち、国家経済は競争の参加者ではなく、競争の舞台を整備する主体なのであります。

 市場への貨幣供給が不足すれば企業間競争は過度に激しくなり、企業収益は悪化し、賃金も低下しやすくなります。

 一方、市場への貨幣供給が適切に行われれば、企業活動は安定し、過当競争も一定程度緩和されます。

 その結果、企業の健全な利益活動と労働者の生活水準の向上を両立させることが可能になります。

第三 競争と労働者保護の均衡

 市場経済は競争によって発展します。

 しかし、競争が過度になれば、企業は価格競争に追われ、利益を確保できず、労働者の待遇も悪化しやすくなります。

 一方で、競争を緩和し過ぎると、企業努力や技術革新が停滞し、生産性が低下するおそれがあります。

 また、生活水準が過度に高まり、労働への意欲が低下すれば、社会全体の生産力も低下してしまいます。

 したがって、国家経済に求められることは、競争をなくすことではありません。

 適度な競争を維持しながら、労働者保護との均衡を図ることであります。

 私は、この均衡こそが、市場経済を最も健全に発展させる条件であると考えています。

第四 国家間競争も相対的競争である

 この考え方は、国家間の経済競争にも当てはまります。

 高度な製造業、情報産業、研究開発産業を持つ工業国と、農業を中心とする発展途上国では、産業構造そのものが大きく異なります。

 同じ条件で競争すれば、技術力や資本力に優れた国が圧倒的に有利になります。

 したがって、国際経済では、自由競争だけではなく、技術協力、人材育成、インフラ整備、経済援助などを通じて競争条件を改善することも重要になります。

 日本が長年実施してきた円借款や政府開発援助は、その一例であります。

 単なる資金援助ではなく、道路、港湾、鉄道、上下水道、発電施設などの公共財を整備することにより、相手国の経済基盤を強化し、持続的な経済発展を支援してきました。

第五 文明経済論から見た競争

 文明経済論の立場から見ると、競争は勝者と敗者を決めるためだけに存在するものではありません。

 競争は、人類全体の商品・製品・サービスの質と量を向上させるための手段であります。

 国家は競争を適切に設計し、公共財を整備し、市場経済を円滑に機能させることによって、人類社会全体の経済厚生を向上させる役割を担います。

 私は、競争そのものを目的とする社会ではなく、競争を通じて文明を発展させる社会こそが、成熟した国家経済の姿であると考えています。

結論

 マクロ経済の現実論では、企業や国家の経済成績は、単なる利益額や国民所得の大小だけでは評価しません。

 その成果が、どのような競争環境の中で実現されたのか、どのような公共財や制度の支えのもとで生み出されたのかを重視します。

 経済とは、単なる競争ではありません。

 競争条件を適切に整え、人々の創意工夫を促し、商品・製品・サービスの質と量を向上させることによって、人類社会全体を豊かにする営みであります。

 私は、この「経済の相対的競争論」が、市場経済と国家経済を調和させる重要な原理の一つであり、「マクロ経済の現実論」を支える基本的な考え方であると位置付けています。

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