⑱ AIと人間の共存

 二十一世紀に入り、人工知能(AI)の発展は目覚ましいものがあります。

 AIは、情報処理、画像認識、文章作成、翻訳、設計、研究支援など、従来は人間が担ってきた多くの分野で高い能力を発揮するようになりました。

 その結果、「AIが人間の仕事を奪うのではないか」「将来、人間は不要になるのではないか」といった議論も活発に行われています。

 私は、この問題を考察する場合には、従来から述べておりますように、「ミクロ」と「マクロ」を区別して考えることが重要であると考えています。

第一 ミクロ経済から見たAI

 まず、個々の企業や職業というミクロ経済の視点から見ます。

 AIは、人間よりも大量の情報を短時間で処理し、一定のルールに従った判断を極めて正確に行うことができます。

 そのため、定型的な事務処理、計算業務、資料作成、検索、分析などは、今後ますますAIが担うようになるでしょう。

 これは歴史上、機械化やコンピュータ化が進展した際と本質的には同じ現象です。

 便利な道具が発明されるたびに、人間の仕事内容は変化してきました。

 AIも、その延長線上にある新しい道具であると考えます。

 一部の職業は縮小し、新しい職業が誕生する。

 人類は、この変化を何度も経験し、その都度、新たな文明を築いてきました。

第二 マクロ経済から見たAI

 一方で、国家経済あるいは文明全体というマクロの視点から見ると、全く異なる姿が見えてきます。

 AIは、自ら文明を築く存在ではありません。

 研究課題を設定し、新しい理論を考え、社会制度を設計し、価値判断を行う主体は、あくまでも人間であります。

 AIは、人間が構築した知識体系を高速で処理する極めて優秀な道具であります。

 したがって、AIが高度化するほど、人間にはより高度な知識、創造性、倫理観、哲学、制度設計能力が求められるようになります。

 私は、AI時代になるほど、人間の研究者、教育者、発明家、制度設計者などの役割は、むしろ重要性を増していくと考えています。

第三 囲碁・将棋から学ぶAIとの共存

 私は趣味として囲碁・将棋を長年研究してまいりました。

 この分野は、AIと人間との関係を考えるうえで非常に興味深い事例であります。

 AIは膨大な局面を瞬時に計算し、極めて高い精度で最善手を導き出します。

 現在では、多くの場合、トッププロ棋士を上回る実力を持つまでになりました。

 しかし、その一方で、囲碁や将棋という文化が失われたでしょうか。

 決して、そのようなことはありません。

 むしろ、AIによって新しい定石や手筋が次々に発見され、人間の研究はさらに深まりました。

 現在では、トップ棋士の多くがAIを研究の道具として活用しています。

 AIは人間に代わったのではなく、人間の能力を飛躍的に高める存在となったのであります。

第四 専門職とAI

 このことは、不動産鑑定業や社会保険労務業についても同様であります。

 簡易な価格査定、資料整理、法令検索、統計分析などは、AIによる処理が急速に普及するでしょう。

 一方で、複雑な事案の判断、高度な鑑定理論、制度設計、交渉、依頼者との信頼関係の構築などは、人間が担うべき重要な役割として残り続けます。

 むしろ、AIによって定型業務が効率化されるほど、専門家はより高度な研究や判断に時間を充てることが可能となります。

 私は、この変化は専門職の衰退ではなく、高度化であると考えています。

第五 文明経済論から見たAI

 マクロ経済の現実論では、経済の目的は貨幣を増やすことではなく、商品・製品・サービスの質と量を向上させることであります。

 AIは、この目的を達成するための極めて有力な道具であります。

 研究開発、医療、教育、交通、製造業、行政、防災など、あらゆる分野において、人類全体の生産力を大きく向上させる可能性を持っています。

 したがって、AIを恐れるのではなく、人類社会全体の発展にどのように活用するかという視点が重要になります。

 文明とは、人間の知識が制度を生み、制度が経済を発展させ、経済の発展がさらに新しい知識を生み出す循環によって進歩してきました。

 AIは、この循環をさらに加速させる文明の新しい基盤技術であると位置付けることができます。

結論

 私は、AIと人間は対立する存在ではなく、相互に補完し合う存在であると考えています。

 AIは、人間の能力を代替するために存在するのではありません。

 人間の能力を拡張し、人類社会全体の生産力を飛躍的に高めるための道具であります。

 将来、機械が身体的・定型的な活動の多くを担う時代が到来する可能性はあります。

 しかし、そのような時代であるからこそ、人間には、創造する力、研究する力、倫理を考える力、文明を設計する力が、これまで以上に求められるでしょう。

 マクロ経済の現実論では、AIを人類文明の競争相手としてではなく、人類文明をさらに発展させるための新しい公共的生産力として位置付けています。

 私は、AIと人間が共存し、それぞれの長所を最大限に活かす社会こそが、二十一世紀以降の成熟した文明社会の姿であると考えています。

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