⑦ 市場経済の本質 ― 国家経済の支出超過

 マクロ経済の現実論では、市場経済を理解するために、国家経済の財政構造を実際の予算を参考に考察します。

 本章では、令和2年度当初予算を一つの例として取り上げます。

 なお、本章の目的は個別年度の財政を評価することではありません。

 国家経済が市場経済をどのように支えているかという構造を理解することにあります。

第一 国家予算を市民経済の視点で読み替える

 令和2年度一般会計予算では、歳出は大きく二つに区分できます。

 一つは、社会保障、公共事業、教育、防衛などの基礎的財政支出であります。

 もう一つは、国債費であり、債務償還費と利払費から構成されています。

 一方、歳入は、租税等と公債金を中心に構成されています。

 ここで、市民経済の考え方に置き換えてみます。

 国家が社会保障や公共事業へ支出した資金は、それを受け取る家計や企業から見れば収益となります。

 反対に、租税は家計や企業から見れば費用となります。

 また、公債は国家にとって借入金であり、償還費は借入金の返済に相当します。

 このように、市民経済の会計感覚を用いて国家予算を整理すると、資金循環の構造が見えやすくなります。

第二 実質的な支出超過

 令和2年度予算をこの視点から整理すると、国家が市場へ供給する資金と、市場から回収する資金との差額が存在します。

 本論では、この差額を「実質的な支出超過」と呼びます。

 例えば、公共支出や利払いとして市場へ流入する資金と、租税によって市場から回収される資金を比較すると、一定の差額が生じています。

 同様に、公債の新規発行額と償還額との差額にも資金循環の差が存在します。

 本論では、この差額が市場へ新たな資金を供給する役割を果たしていると考えます。

 令和2年度予算では、その規模は概ね二十四兆円程度となります。

 もちろん、この数値は当該年度の予算構造によるものであり、毎年度同一となるものではありません。

 しかし、国家経済が市場へ継続的に資金を供給しているという構造を理解する一例として重要であります。

第三 市場経済と利益活動

 ここで、民間企業全体の経済活動を考えてみます。

 本論では、国民所得統計を参考としながら、市場経済全体の活動規模を概観します。

 なお、以下の数値は、経済循環を理解しやすくするための概算モデルであり、国民所得統計の定義をそのまま用いるものではありません。

 令和元年度の国民所得は約五百五十三兆円でした。

 仮に、民間企業全体が一年間に約五百兆円の資金を投下し、その結果として約五百五十三兆円規模の経済活動が実現したと仮定すれば、その差額は約五十三兆円となります。

 この差額は、市場経済全体として付加価値や利益が生み出されたことを表す一つのモデルとして理解することができます。

 私は、この利益活動を支える背景には、国家経済による継続的な資金供給が存在すると考えています。

 国家予算だけでなく、地方公共団体、独立行政法人、公益法人など、公的部門全体を含めて考察すると、市場へ供給される資金はさらに大きくなります。

 本論では、現時点の試算として、その規模は年間約五十兆円から百五十兆円程度になる可能性があると推計しています。

 これは今後さらに検証を深めるべき課題ですが、国家経済全体を俯瞰する上で重要な視点であります。

第四 国家経済が市場経済を支える構造

 市場経済では、企業は利益を目的として活動します。

 利益が得られるからこそ、新たな設備投資が行われ、雇用が維持され、技術開発が進みます。

 しかし、国家全体として民間企業が投下した資本を上回る収益を継続的に実現するためには、市場全体の資金循環が維持されなければなりません。

 私は、この循環を支える主体の一つが国家経済であると考えています。

 国家は公共財を供給し、市場へ資金を流し、民間企業が活動できる環境を整備します。

 この支出は利益を目的とするものではありません。

 しかし、その結果として市場経済全体の循環が維持され、企業の利益活動が可能となります。

 私は、この構造こそが市場経済の本質であり、国家経済が果たしている重要な役割であると考えています。

結論

 国家経済は、市民経済と競争する存在ではありません。

 国家経済は公共財を供給し、市場へ必要な資金を循環させることによって、民間経済の利益活動を支える基盤を形成しています。

 したがって、国家財政を評価する際には、単に歳入と歳出の差額だけを見るのではなく、その支出が市場経済全体にどのような循環をもたらしているかを考察することが重要であります。

 これが、マクロ経済の現実論における「国家経済の支出超過」の基本的な考え方であります。

 なお、本論で述べた国家経済の資金循環は、国家予算だけで完結するものではありません。

 地方公共団体、公益法人、独立行政法人などの経済活動とも密接に関係しており、その全体像については後の章でさらに詳しく考察いたします。

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