⑤ 序論-2 高負担・高福祉政策と国家経済 ― スウェーデンの事例から考える

 マクロ経済の現実論では、国家経済を評価する際、単に国民が保有する貨幣の量だけを見るのではありません。

 最も重要な指標は、社会全体が生み出す商品・製品・サービスの質と量であります。

 ここでは、高負担・高福祉政策を考えるための一つのモデルケースとして、老齢年金を大幅に充実させる政策を例に考察します。なお、本章は特定の国の現状を評価するものではなく、政策の効果を理解するための理論的な思考実験です。

安全・安心は重要である。しかし、その水準には均衡が必要である

 老後の生活を保障する年金制度は、国民に安心をもたらす重要な社会保障制度です。

 病気や障害、老齢に備える制度は、文明社会に欠かせない公共制度であり、その意義は極めて大きいものがあります。

 しかし、マクロ経済の現実論では、どれほど望ましい制度であっても、その規模や負担は社会全体との均衡の中で考える必要があると考えます。

 安全・安心は社会の基盤ですが、その実現のために現在の生産力や消費活動を過度に抑制すれば、将来の豊かさを支える基盤そのものが弱くなる可能性があります。

保険料負担と実物経済

 仮に、老齢年金を大幅に充実させるため、現役世代から多額の保険料や租税を徴収するとします。

 将来の給付財源は確保されますが、その一方で、現役世代が自由に使える所得は減少します。

 消費が抑制されれば、企業の売上や投資に影響が及び、生産活動にも変化が生じる可能性があります。

 高付加価値の商品や文化・芸術・娯楽などへの需要が減少すれば、それらを支える産業の成長にも影響が及ぶでしょう。

 また、教育や研究開発、人材育成への投資が十分に行われなければ、長期的には商品・製品・サービスの質や量にも影響を及ぼす可能性があります。

 マクロ経済の現実論では、このような視点から、現在の消費・投資・生産の循環を重視します。

人間こそ最大の生産資源である

 現代社会では、多くの産業が人間の知識、技術、経験、創造力によって支えられています。

 医療、教育、研究、情報技術、製造業、文化、芸術など、その多くは人材なくして成立しません。

 したがって、国家経済を考える際には、人間が持つ能力を十分に発揮できる社会を維持することが重要です。

 高齢化が進む社会では、年齢だけで労働を画一的に区切るのではなく、健康状態や能力、本人の希望に応じて、多様な形で社会参加や就労を続けられる環境を整えることも重要な課題となります。

 社会全体の生産力を維持・向上させるためには、人材という資源を最大限に活用する視点が欠かせません。

貨幣は豊かさそのものではない

 年金として受け取る貨幣は、生活を支える重要な手段です。

 しかし、その貨幣が価値を持つのは、背景に商品・製品・サービスが存在するからです。

 どれほど多くの貨幣を保有していても、食料、医療、住宅、交通、文化などの供給が不足すれば、人々の生活の豊かさは維持できません。

 貨幣は交換を容易にするための手段であり、社会の豊かさそのものではありません。

 社会の豊かさは、人々が実際に利用できる商品・製品・サービスの充実によって測られるべきものです。

補足 国家経済の豊かさとは何か

 国民一人ひとりが金銭的に豊かになったように見えても、社会全体として生産力が低下し、商品・製品・サービスの質や量が減少すれば、国家経済全体の豊かさは維持できません。

 反対に、適切な社会保障によって安心を確保しつつ、生産性の向上や人材育成、技術革新を進め、商品・製品・サービスの供給能力を高めることができれば、国民生活と国家経済はともに発展する可能性があります。

 マクロ経済の現実論では、社会保障と経済成長を対立概念として捉えるのではなく、両者の均衡を図ることが重要であると考えます。

結論

 国家経済の究極の目的は、貨幣を蓄積することではありません。

 人々が安心して生活し、働き、学び、創造し、その成果として質の高い商品・製品・サービスが継続的に生み出される社会を実現することにあります。

 安全・安心は不可欠ですが、それは社会全体の生産力と調和した水準で維持されなければなりません。

 マクロ経済の現実論では、この均衡こそが、持続可能な国家経済を築くための基本原理であると考えます。

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