㉘ 核兵器破壊割合仮説
本章では、核兵器の保有数そのものではなく、「地球文明を破壊し得る能力」が、国際政治の中でどのような均衡を形成してきたのかについて、一つの仮説として考察いたします。
ここで申し上げる内容は、現在公表されている軍事資料を分析したものではなく、国際政治の構造を理解するための理論的仮説であります。
一般には、「国際連合安全保障理事会の常任理事国五か国は核兵器を保有している。」という理解が定着しております。
しかし、私が着目するのは、核兵器の保有そのものではありません。
重要なのは、「世界をどの程度破壊し得る能力を有しているのか」という、文明全体への影響力であります。
私は、この影響力を便宜上「核兵器破壊割合」と呼び、時代ごとの国際秩序を説明するための仮説として整理してみたいと思います。
第二次世界大戦後、冷戦が本格化した当初は、世界の軍事的均衡はアメリカと旧ソ連の二極構造であったと考えられます。
両国は、互いに全面核戦争となれば、人類文明そのものを滅ぼし得る能力を有していたと推測されます。
この仮説では、アメリカ五〇%、旧ソ連五〇%という破壊割合を想定いたします。
一方、中国、イギリス、フランスについては、その影響力は二大国より小さいものの、核抑止体制を補完する存在であったと考え、それぞれ二五%程度の影響力を有していたものとして仮定いたします。
もちろん、これらの数値は実測値ではなく、国際秩序を理解するための概念的な比率であります。
その後、一九八〇年代後半になると、社会主義経済体制は構造的な限界に直面し、世界の勢力均衡にも変化が生じました。
私は、この時期には、中国の国際的影響力が増大し、一時的に米国・旧ソ連・中国による三極均衡へ移行した可能性があると仮説しております。
さらに、一九九〇年前後には冷戦が終結し、軍事力そのものによる対立から、経済力・技術力・国際協調を中心とする新しい秩序へと世界は徐々に移行し始めました。
私の仮説では、この過程において核兵器の実質的な文明破壊能力は次第に低下し、「保有していること」よりも「使用できないこと」の方が重要な意味を持つ時代へ変化したと考えます。
すなわち、核兵器は軍事的実戦兵器から、抑止力としての政治的象徴へと役割を変化させてきたのであります。
現在の国際社会では、核兵器が存在すること以上に、「核兵器を使用できない国際環境」を維持することが重要になっております。
ここで着目したいのが、国際連合安全保障理事会の拒否権制度であります。
私は、この制度は本来、核兵器という最終手段に至る前に、大国間の対立を政治的手続によって調整するための安全装置として機能してきたものと考えております。
現在では、拒否権は実際の軍事衝突を前提とする制度というよりも、各国が外交交渉を行うための政治的なシミュレーション機能として運用される側面が強くなっております。
このように考えると、二十一世紀の国際社会に必要なのは、軍事力の拡大競争ではありません。
真に求められるものは、戦争を抑止する制度、対話を継続する制度、そして国家間の経済協力を促進する制度であります。
私は、「マクロ経済の現実論」の立場から、今後の人類社会は「軍事力による均衡」から「経済力・文明力による均衡」へ移行していくものと考えております。
戦争とは、文明を発展させる手段ではありません。
文明を維持し、人類全体の繁栄を実現するためには、軍事的威圧ではなく、経済・技術・文化・教育を基盤とした新たな国際秩序を構築していくことが重要であります。
これこそが、「人類社会の最終設計論」として私が目指す文明論の一つの方向性であります。
