㉗ EU全体の歳出超過
ここでは、欧州連合(EU)の経済構造を例に、「国家経済は単独で見るべきか、それとも経済圏全体で見るべきか」という視点について考察いたします。
私は、国家経済を分析する際には、「どの範囲で貨幣が循環しているのか」という視点が極めて重要であると考えております。
現在、世界で均衡財政(健全財政)を最も重視している国として、しばしばドイツが挙げられます。ドイツは財政規律を重視し、歳出と歳入の均衡を基本理念として国家運営を行っております。そのため、「ドイツが健全財政を実現しているのだから、日本も見習うべきである。」という議論が数多く見受けられます。
しかしながら、この比較は、国家経済の構造を十分に考慮したものとは言えません。
現在のドイツは、ユーロという単一通貨圏の中に存在しております。すなわち、貨幣の流通はドイツ一国ではなく、EU全体という巨大な経済圏の中で行われております。
この点が、極めて重要なのであります。
例えば、イタリア、フランス、スペイン、ギリシャなどが積極的な財政支出を行えば、その貨幣はEU市場全体へ流通していきます。その結果、ドイツ企業も、その市場の中で利益活動を行うことが可能となります。
すなわち、民間企業全体が利益活動を継続するために必要な貨幣供給は、ドイツ単独で行う必要はなく、EU全体の歳出超過によって実現されているのであります。
言い換えれば、ドイツは自国の財政を均衡させながらも、EU全体が供給する貨幣循環の恩恵を受けているということになります。
この構造は、一国のみで独自通貨を運営している日本とは、本質的に異なります。
日本にはEUのような共同財政圏は存在いたしません。
したがって、日本国内の民間企業が利益活動を継続するために必要となる貨幣供給は、原則として日本の国家経済が担わなければなりません。
もし日本がドイツと同様に均衡財政のみを追求した場合、市場へ供給される貨幣量は不足しやすくなり、民間企業の利益活動も縮小していく可能性があります。
つまり、「ドイツが健全財政だから日本も健全財政」という単純な比較は、貨幣循環の範囲を無視した議論なのであります。
私が提唱する「マクロ経済の現実論」では、国家単位だけを見るのではなく、「貨幣が循環する経済圏全体」を一つの経済主体として捉えることが重要であると考えております。
EUではEU全体、日本では日本全体、将来的にはさらに広い国際経済圏まで視野に入れて分析する必要がございます。
国家経済とは、単独で閉じた存在ではありません。貨幣が循環し、人・商品・製品・サービスが相互に移動する経済圏全体の中で機能しております。
したがって、財政の健全性を評価する場合にも、一国のみの収支だけを見るのではなく、経済圏全体として貨幣がどのように供給され、どのように循環しているかを考察しなければ、本質を見誤ることになります。
これが、「マクロ経済の現実論」が従来の均衡財政論と大きく異なる視点であります。
国家経済の本質は、単なる歳入・歳出の均衡ではありません。
市場経済が円滑に機能し、民間企業が健全な利益活動を継続できるよう、経済圏全体として適切な貨幣循環を維持することであります。
私は、この視点こそが、二十一世紀以降の国家経済を理解する上で不可欠な基本原理であると考えております。
