㉕ コロナショックは世界恐慌になるか?
新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、世界経済に極めて大きな衝撃を与えました。航空業・観光業・飲食業をはじめ、多くの産業が活動を制限され、「世界恐慌の再来ではないか」と危惧する声も数多く聞かれました。
しかしながら、私はコロナショックと世界恐慌とは本質的に異なる経済現象であると考えております。
まず、世界恐慌とは、単に景気が悪化した状態を意味するものではありません。
生産活動の停滞に加えて、金融引締め・信用収縮・貨幣供給量の減少など、市場全体から資金が急激に失われることによって、企業倒産・失業・所得減少が連鎖的に拡大する現象であります。
歴史的に見ても、1930年代の世界恐慌では、アメリカが金融引締めを行い、信用収縮が世界全体へ波及しました。
経済活動そのものが停止したというよりも、市場へ流通する貨幣量が急激に減少し、市場機能そのものが麻痺したのであります。
一方、コロナショックは事情が異なります。
感染拡大を防止するため、人為的に経済活動を制限したことによる供給・需要双方の停滞であり、市場制度そのものが崩壊したわけではありません。
むしろ各国政府・中央銀行は、世界恐慌の教訓を踏まえ、大規模な財政出動や金融緩和を実施しました。
国家経済が積極的に市場へ貨幣を供給し、市場機能を維持しようとしたのであります。
これは、私が「マクロ経済の現実論」で述べております国家経済の役割そのものであります。
国家経済は、市場経済が困難に直面したとき、市場へ貨幣を供給し、民間経済を維持するために存在しております。
危機だからこそ、国家経済は積極的に活動しなければなりません。
もちろん、貨幣供給だけで問題が解決するわけではありません。
何度も申し上げておりますように、経済の本質は貨幣ではなく、商品・製品・サービスの質・量にあります。
感染症によって工場が停止し、物流が止まり、サービス提供ができなくなれば、貨幣だけを増加させても供給能力は回復いたしません。
したがって、国家経済が行うべきことは、単なる給付金支給ではなく、感染症対策を徹底しながら、生産体制・物流体制・医療体制を維持することであります。
すなわち、供給能力そのものを守ることが国家経済最大の使命なのであります。
また、「経済を止めてはいけない」という議論もございました。
しかし、この表現には注意が必要です。
毎年、大規模災害が発生した地域では、一時的に経済活動が停止する産業があります。
その場合でも、人々は生活保障を受けながら復旧を待ちます。
重要なのは、無理に経済活動を継続することではなく、生活基盤を維持し、社会全体が再び活動できる状態を整えることであります。
さらに長期的視点から見れば、感染症を早期に封じ込める政策の方が、結果として経済的損失は小さくなります。
感染が長期化すれば、不確実性が増加し、企業も投資を控え、人々も消費を抑制いたします。
経済活動の正常化は大きく遅れることになります。
したがって、「感染対策」と「経済対策」は対立するものではなく、本来は相互補完関係にあります。
感染症を迅速に収束させることが、最も優れた経済政策でもあるのであります。
私は、このコロナショックを通じて、国家経済の役割を改めて確認することができたと考えております。
国家経済とは、市場経済が平常時に利益活動を円滑に行えるよう支援するだけではありません。
災害・感染症・金融危機など、文明全体が危機に直面した際に、社会全体を維持するための基盤として機能するのであります。
マクロ経済の現実論は、まさにこのような危機管理を含めた国家経済の現実的な姿を考察する理論であり、平常時だけでなく非常時にも有効な経済理論であることを、本章の結論として申し上げたいと思います。
