マクロ経済の現実論その原点

―国家経済と民間経済の貨幣循環を理解する―

 これまで、マクロ経済の現実論について、応用的な分野を中心にさまざまな考察を行ってまいりました。

 しかしながら、初めて当ホームページをご覧になる方にとっては、個別分野の議論よりも先に、土台となる基本的な考え方をご理解いただくことが重要です。

 そこで今回は、「マクロ経済の現実論その原点」として、国家経済を見る上で最も基本となる原理について考察します。

最も基本となる経済原理

 根本的な考え方は、非常に単純です。

 例えば、民間経済全体で年間100兆円の利益が発生したとします。

 この場合、反対側では国家経済全体で年間100兆円の赤字が存在することになります。

 これは、国家経済が浪費しているという意味ではありません。

 経済全体を一つの循環として考えた場合、ある部門の黒字は、別の部門の赤字として存在するという貨幣循環の構造を示しています。

 個人や企業単体の会計では、収入を上回る支出は赤字として問題になります。

 しかし、国家経済全体を見る場合には、民間部門・政府部門など、各経済主体の収支を合わせて考察する必要があります。

国家経済とは何か

 ここでいう国家経済とは、単純に国の一般会計だけを意味するものではありません。

 国家全体の経済活動に関係する幅広い公的部門を含めて考えます。

 例えば、

・国の一般会計
・特別会計
・公益法人
・独立行政法人
・政府系金融機関
・各種資金管理機構等

など、国家政策として資金循環を担っている主体を含めて、広い意味で「国家経済」と表現します。

 国家経済と民間経済を合わせた一国全体の経済は、会計的には必ず整合する必要があります。

 もし、一国全体で収支が一致しなければ、それは貨幣循環の記録として成立しません。

均衡財政をそのまま現実経済へ適用する問題点

 一般的な経済議論では、国家財政について「均衡財政が望ましい」という考え方があります。

 しかし、これをそのまま現実経済へ適用すると、どのような状況になるでしょうか。

 仮に国家経済が毎年収支均衡であり、国家部門から民間経済への資金供給が存在しない場合、民間経済全体では大きな利益を形成することが難しくなります。

 企業経済では、売上から費用を差し引いた利益が次の投資・雇用・研究開発につながります。

 しかし、国家全体で貨幣供給の循環が不足すれば、民間経済は利益を生み出しにくい構造になります。

 その結果、貨幣による取引を行っていても、全体として利益を確保しにくい経済となり、極端な場合には、貨幣経済の発展以前の物々交換的な経済へ逆戻りする可能性すらあります。

国家財政を見る視点を変える

 もちろん、国家支出は無条件に増加させればよいという意味ではありません。

 重要なのは、国家経済全体として、どのような商品・製品・サービスを生み出しているかという視点です。

 公共投資、社会保障、教育、研究開発などの国家支出は、単なる費用ではありません。

 それらは、国民生活を支え、民間経済の活動基盤となり、将来の経済力を形成する要素になります。

 したがって、国家経済を考える際には、単純に「赤字だから悪い」「黒字だから良い」という個人経済的な見方だけでは不十分です。

 国家全体の貨幣循環と、実際に提供される商品・製品・サービスの量と質を見る必要があります。

マクロ経済の現実論の出発点

 今回述べた内容は、マクロ経済の現実論における総論中の総論です。

 個別の経済政策、社会保障、産業政策、国際経済、金融政策などを考察する際も、まずこの国家経済と民間経済の循環構造を理解することが重要になります。

 経済とは、単なるお金の帳尻合わせではありません。

 本質は、社会全体でどれだけ有用な商品・製品・サービスを生み出し、国民が豊かな生活を享受できるかという点にあります。

 本記事を基本として、今後取り上げる各論についても、一緒に考察していただければ幸いです。

 マクロ経済の現実論は、複雑な数式だけで経済を見るのではなく、現実社会の貨幣循環と人々の生活を基準として、国家経済の本質を考える試みです。

 今後も微力ではございますが、皆様にとって有用な情報を提供してまいります。

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