公共財は贅沢であるほど国民は豊かになる
公共財に関する議論では、「無駄な公共事業」「公共財は贅沢であるから歳出を削減すべきだ。」という意見がしばしば見受けられます。
そこで、一つの思考実験をしてみましょう。
仮に日本において、公共財予算を半減させ、「もったいない」という考え方の下で国家歳出を大幅に削減したと仮定します。
ここでは高速道路だけに限定して考察します。
例えば、過去にまで遡り、
「高速道路は贅沢品である。」
という理由で、東名高速道路、名神高速道路、新東名、新名神など全国の高速道路網が建設されなかったとしたら、日本経済は現在より豊かになっていたでしょうか。
私の考えは、明確に否です。
高速道路は単なる道路ではありません。
全国の物流を高速化し、人・物・情報の移動時間を短縮し、生産性を向上させ、地域経済を発展させる国家の基盤であります。
今日、日本の企業が全国規模で事業活動を行えるのも、高速道路という公共財が存在するからです。
もし高速道路が存在しなければ、企業活動は現在ほど効率化されず、日本経済全体の競争力も大きく低下していたでしょう。
ここで、「マクロ経済の現実論」の観点から見ると、さらに重要な問題があります。
国家が公共財への歳出を削減すると、その分だけ市場へ供給される貨幣が減少します。
公共事業は建設会社だけの利益ではありません。
建設会社の売上は賃金となり、その賃金は消費へ回り、小売業、製造業、サービス業などへ二次的、三次的に波及していきます。
つまり、
公共財への歳出は、民間経済全体へ貨幣を循環させる役割
を担っています。
もし公共財予算を半減させれば、その貨幣循環も縮小し、民間企業の利益活動は現在より困難になります。
これは、私が先に述べた「公共財の表の経済」と整合します。
国家歳出を抑制すると、民間部門の所得も減少し、市場全体の需要不足が発生しやすくなるからです。
では、その不足した需要をどのように補うのでしょうか。
結局は、国民へ補助金や給付金を支給し、消費を維持する政策が必要になります。
つまり、
公共財を建設しない代わりに、消費だけを増やす政策へ転換することになります。
しかし、この方法では公共財そのものは何も残りません。
高速道路も、空港も、港湾も、ダムも、防災施設も存在しないまま、お金だけが市場へ供給されます。
公共財は増えず、貨幣だけが増加するため、物価上昇の圧力も強くなります。
一方、公共財を整備すれば、
市場へ貨幣が供給されるだけではありません。
高速道路という資産そのものが国民全体に残ります。
つまり、
国家歳出と同時に国民全体の経済資産も増加する
のであります。
ここに公共財政策の本質があります。
公共財は、「利益を生まない支出」と誤解されることがあります。
しかし、公共財は企業会計上の利益を目的としていないだけであり、国家経済全体から見れば極めて大きな経済的価値を生み出しています。
道路、港湾、空港、上下水道、治水施設、防災設備、教育施設、研究施設などは、いずれも民間企業の利益活動を支える基盤です。
公共財が充実するほど、民間経済は効率化し、国民生活も豊かになります。
したがって、公共財は民間経済の代替物ではなく、
民間経済を成立させるための前提条件
なのであります。
私は再三申し上げていますが、
公共財に「贅沢」はありません。
国民全員が長期間利用する公共財である以上、その時代における最高水準の品質・性能を備えることが望ましいと考えます。
仮に公共財が充実し、その結果として国家歳出が一時的に増加したとしても、市場には十分な貨幣が循環し、国民は質の高い公共サービスと民間サービスの双方を享受できます。
必要であれば、その後に税制等を調整し、景気循環に応じた適正な貨幣供給量へ修正すればよいのであります。
国家経済において重要なのは、歳出そのものを削減することではありません。
国民全体の経済厚生を最大化することであります。
公共財は、その経済厚生を直接増加させるだけでなく、民間企業の利益活動を支え、市場全体の消費と投資を活性化させるという二重の役割を担っています。
したがって、公共財が充実した社会ほど、国家経済は豊かであり、国民生活も豊かになるというのが、「マクロ経済の現実論」における基本的な結論であります。
