新自由主義を論じる前提 ― 本来の自由主義と現代政治上の新自由主義
新自由主義を論じるに当たっては、その前提となる本来の自由主義とは何であったのかを正確に理解する必要があります。本来の自由主義を理解しないまま新自由主義を論じると、現代経済に対する評価を誤ることになります。
そこで、本章では、まず本来の自由主義について考察し、次に一般にいわれる新自由主義、さらに私が命名する**「現代政治上の新自由主義」**について説明します。
本来の自由主義が最も合理的に機能した時代は、17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパ列強による植民地拡大競争の時代です。当時は世界市場そのものが急速に拡大しており、新しい市場、新しい資源、新しい需要が次々に生み出されていました。
このような時代では、市場は常時拡大再生産を続けることが可能であり、自由競争によって生産を拡大しても供給過剰になりにくい環境にありました。そのため、政府が過度に市場へ介入する必要は小さく、自由競争を促進することが経済全体の発展につながりました。
しかしながら、この自由主義が成立するためには重要な条件があります。
市場が継続的に拡大していることです。
もし市場規模が一定であるならば、生産量だけが無制限に増加し、供給過剰となります。その結果、企業間の価格競争は激化し、利益率は低下し、過当競争によって企業・労働者双方が疲弊します。
このような市場では、自由競争よりも、生産調整や価格調整など一定の規制を伴う経済体制の方が合理的です。
つまり、本来の自由主義は**「市場が無限に拡大する時代」**という歴史的条件の下で成立した経済理論なのであり、その前提条件を失った現代社会へ、そのまま適用することは困難です。
では、現代で唱えられる新自由主義の根拠はどこにあるのでしょうか。
私は、その有効性は限定的であると考えます。
情報通信産業、半導体、AI、宇宙産業など、新たな需要が継続的に創出される一部の分野では、自由競争が技術革新を促進するため、有効性があります。
しかし、それは経済全体ではなく、一部産業に限られます。
一方、生活必需品、公共交通、医療、教育、エネルギー、住宅、インフラなど、市場規模が比較的安定している分野では、自由競争を過度に導入すると価格競争だけが激化し、サービスの質や雇用条件が悪化する危険性があります。
したがって、現代社会において、本来の自由主義をそのまま適用することは極めて困難であり、現代で自由主義が有効であると言えるのは、ごく限定された分野だけであります。
ところが、現代の政治では依然として「自由競争」「規制緩和」「市場原理」という言葉が頻繁に用いられます。
私は、このような政治的な自由主義を、本来の自由主義とは区別して考える必要があると考えます。
そこで私は、この考え方を**「現代政治上の新自由主義」**と命名します。
これは、本来の自由主義のように市場全体を自由競争へ委ねる考え方ではなく、政治的必要性に応じて限定的に自由競争を導入するという政策思想です。
すなわち、自由競争を理念として掲げながらも、実際には多くの産業で規制を維持し、必要な分野だけ規制緩和を進めるという現代特有の政策運営であります。
したがって、「自由主義」という同じ名称が用いられていても、18世紀の自由主義と現代の新自由主義とは、その歴史的背景も経済構造も大きく異なります。
両者を同一概念として論じることは適切ではありません。
では、本来の自由主義の後に到来した経済体制とは何でしょうか。
一般には、帝国主義あるいは独占資本主義と呼ばれる段階です。
この段階では、市場は成熟し、無制限な拡大再生産は期待できなくなります。
そのため、国家は独占禁止法、各種業法、金融規制、労働法制、環境規制など、多様な制度を整備し、市場の秩序維持と過当競争の抑制を図るようになります。
自由競争だけでは社会全体の利益を最大化できなくなったため、一定の規制を通じて、市場全体の効率性と安定性を確保する方向へ移行したのであります。
私は、現代経済の本質は、この**「自由競争」と「規制経済」の適切な調和**にあると考えます。
自由競争は技術革新を促進する重要な仕組みですが、それだけでは市場は安定しません。
一方、規制だけでは技術革新や企業努力が停滞します。
重要なのは、産業ごとの特性、市場規模、国際競争力、公共性などを総合的に考慮し、それぞれに最も適した競争環境を構築することです。
したがって、現代における理想的な経済体制とは、「自由市場か規制経済か」という二者択一ではありません。
自由競争を必要とする分野では競争を促進し、公共性が高く過当競争の弊害が大きい分野では適切な規制を行う。
この均衡こそが、21世紀の市場経済に求められる基本原理であると私は考えます。
「マクロ経済の現実論」においても、この視点は極めて重要です。国家経済の目的は、競争そのものではなく、国民全体の商品・製品・サービスの質・量を最大化し、絶対的経済力を向上させることにあります。そのためには、自由競争と規制経済を対立概念として捉えるのではなく、相互補完的な制度として位置付けることが、現代経済を理解する上で不可欠なのであります。
