制限戦争の時代から戦争禁止の時代へ
― マクロ経済の現実論から考える国際秩序 ―
私は現在の国際情勢を、「制限戦争の時代」と位置付けています。
二十世紀に核兵器が開発されたことにより、人類はかつて経験したことのない破壊力を手にしました。仮に全面的な核戦争が行われれば、人類文明だけでなく、地球上の生態系そのものに深刻な被害を及ぼす可能性があるという認識が、各国の安全保障政策に大きな影響を与えています。
冷戦期、とりわけ一九八〇年代は、米ソ両国が核戦力を背景に激しく対立した時代でした。
私は、この時代を「相互に全面戦争を行えば、人類全体に壊滅的な結果をもたらすことが共通認識となった時代」であったと考えています。そのため、軍事力は実際に使用するためではなく、「使用できない兵器」として抑止力の役割を果たすようになりました。
その後、米ソ間の対話や軍備管理交渉が進み、全面戦争の危険性は大きく低下しました。
この歴史は、人類が軍事力の限界を学び始めた過程であったとも評価できるでしょう。
私は、この流れの延長線上に、次の時代があると考えています。
それは、「戦争禁止を国際社会の基本原則とする時代」です。
現在でも国際法は武力行使を厳しく制限していますが、現実には自衛権や国連安全保障理事会の決議など、一定の場合には武力行使が認められています。
しかし、将来的には、戦争そのものを国際社会が極めて例外的なものと位置付け、武力による紛争解決をさらに抑制する制度へ発展していくことが望ましいと考えています。
そのためには、国際社会の制度も段階的に発展させる必要があります。
第一に、軍事力行使の正当性を客観的に審査する国際的な司法制度を充実させることです。
武力行使が本当に必要であったのか、国際法に適合していたのかを、政治的利害から独立した立場で判断できる国際的な仕組みを整備することが重要になります。
第二に、国際社会全体で軍事力の役割を「抑止力」へ限定していくことです。
軍事力は、戦争を遂行するためではなく、戦争を発生させないために必要最小限保有されるという考え方が、今後さらに定着していくことが望まれます。
第三に、警察機能や司法制度など、軍事力以外の安全保障機能を国際的に充実させることです。
国際犯罪、テロ、武装組織などに対しては、戦争ではなく法の支配によって対処する体制を整備することが、長期的な平和につながります。
そのためには、各国の法執行機関や国際刑事司法機関との連携を強化し、国境を越えた犯罪に対して迅速に対応できる制度が必要です。
第四に、紛争の温床となる社会問題にも目を向ける必要があります。
貧困、教育格差、経済的排除、国家機能の低下などは、武装勢力やテロ組織が活動する土壌となる場合があります。
したがって、治安対策だけでなく、教育、経済発展、人道支援、地域社会の再建などを一体的に進めることが重要です。
平和とは、単に戦争がない状態ではありません。
人々が安心して生活し、働き、学び、将来への希望を持つことのできる社会こそが、本当の意味での平和と言えるでしょう。
私が提唱する「マクロ経済の現実論」においても、国家の役割は単なる経済成長ではなく、国民生活を豊かにし、社会全体の安定を実現することにあります。
同様に国際社会においても、軍事力による均衡だけではなく、経済協力、科学技術、文化交流、国際法、そして相互理解によって秩序を形成していくことが、二十一世紀以降の新しい国際社会の方向性ではないでしょうか。
私は、「制限戦争の時代」は恒久的な最終形態ではなく、「戦争禁止の時代」へ移行するための過渡期であると考えています。
人類が核兵器という究極の破壊力を経験したからこそ、今後は武力ではなく法と協力によって秩序を維持する文明へ発展していくことが期待されます。
その未来を実現するためには、一国だけではなく、国際社会全体が「戦争によって利益を得る時代」から「平和によって繁栄を共有する時代」へと発想を転換していくことが必要であると、私は考えています。
