
土屋暁・マクロ経済の現実論
10の基本命題
第1命題 経済の実体は貨幣ではなく、財・サービスの生産・分配・消費である
経済活動の究極的な実体は貨幣そのものではない。
人間が生活し、社会を維持し、発展させるために必要となる、食料、住宅、医療、教育、エネルギー、交通、情報、文化その他の財・サービスを生産し、社会の構成員へ分配し、消費することが経済活動の実体である。
貨幣は、この経済活動を円滑に行うための媒介手段・計算手段・価値保存手段である。
したがって、貨幣量の増大をそのまま社会の豊かさの増大と考えることはできない。
第2命題 経済力には「絶対的経済力」と「相対的経済力」がある
経済力は二つに区別して考える必要がある。
絶対的経済力とは、社会が実際に供給できる財・サービスの質・量およびその生産能力である。
これに対し、
相対的経済力とは、貨幣所得、資産価格、購買力その他、貨幣によって表示される経済力である。
名目所得や資産価格が上昇しても、生産される財・サービスが増加しなければ、社会全体の絶対的経済力が増大したとは限らない。
したがって、経済政策を評価するときには、相対的経済力だけではなく、絶対的経済力の変化を確認しなければならない。
第3命題 マクロ経済では、一主体の支出は他主体の所得となる
個人や企業の立場から見れば、支出は自己の資産を減少させる行為である。
しかし社会全体から見れば、誰かの支出は必ず誰かの売上・賃金・所得となる。
したがってマクロ経済では、
支出 → 所得 → 消費・貯蓄 → 新たな支出
という循環として経済を把握しなければならない。
個々の主体にとって合理的な行動が、社会全体にとっても同じ結果になるとは限らない。
ここに、ミクロ経済とマクロ経済を区別する必要性が存在する。
第4命題 企業は生産・雇用・所得を結ぶマクロ経済の中心的媒介主体である
企業は単なる利益獲得主体ではない。
企業は、
資金調達
→ 投資
→ 雇用
→ 生産
→ 販売
→ 売上
→ 賃金・利益
→ 消費・再投資
という経済循環の中心に位置する。
企業活動が活発化することによって雇用と所得が生まれ、その所得が新たな需要を形成する。
したがってマクロ経済を理解するためには、企業利益だけでなく、企業が社会全体の生産・雇用・所得形成に果たしている役割を把握する必要がある。
第5命題 現代貨幣経済において貨幣は信用・債権債務関係と不可分である
銀行貸出によって預金が形成されるように、現代の貨幣は単なる物体ではなく、信用関係・債権債務関係と密接に結びついている。
銀行信用の供給によって、企業は現在保有している貨幣を超えて設備投資等を行うことができる。
しかし、信用によって生み出された貨幣が社会の豊かさを増大させるかどうかは、その貨幣が最終的にどのような実物活動へ結びつくかによって決まる。
したがって、
信用創造 → 投資 → 生産能力向上
という連鎖が重要となる。
信用の拡大それ自体を経済成長とみなすことはできない。
第6命題 国家財政は家計財政と同一の論理では捉えられない
家計や個別企業は、自らの収入・資産・借入能力によって支出能力を制約される。
これに対して、政府の支出は民間部門にとって売上・所得・金融資産となる。
したがって政府財政を評価する際には、政府部門だけを切り離して財政赤字・財政黒字を見るのではなく、
政府・企業・家計・金融機関・海外部門
の相互関係を見る必要がある。
ただし、これは政府支出に無制限性があることを意味しない。
国家財政の最終的制約は、単なる貨幣額ではなく、
労働力、設備、資源、エネルギー、技術、輸入能力等の実物的供給制約
によって決まる。
第7命題 需要不足も供給制約も、ともに経済問題である
生産能力が存在しているにもかかわらず需要が不足すれば、企業は生産を縮小し、雇用・所得も縮小する。
したがって有効需要の不足は経済停滞を生む。
一方、社会の供給能力を超えて需要だけが増加すれば、価格上昇、資源不足、輸入増加等が生じ得る。
したがって経済政策は、
需要を増加させればよい
というものでも、
供給能力だけを高めればよい
というものでもない。
必要なのは、
需要と供給能力を相互に発展させること
である。
第8命題 経済政策の主要目的は、絶対的経済力を持続的に向上させることである
政府支出、金融政策、産業政策等の評価は、その金額の大小だけで行うべきではない。
重要なのは、
その政策によって、
- 生産能力
- 技術力
- 労働能力
- 社会インフラ
- 医療・教育能力
- エネルギー供給力
- 企業の生産性
などがどのように変化したかである。
したがって、財政赤字削減や名目GDP増加そのものを最終目標としてはならない。
政策の基本的評価基準は、
その政策が社会の絶対的経済力をどの程度増大させ、維持したか
である。
第9命題 生産能力が存在するだけでは社会の豊かさは完成しない
社会に十分な生産能力が存在していても、その財・サービスを必要とする人々へ適切に分配できなければ、社会の豊かさは実現しない。
したがって、
生産問題と分配問題は一体として考える必要がある。
賃金、雇用、税制、社会保障、教育、企業制度等は、社会の生産能力と国民生活を結びつける制度である。
経済制度の目的は、単に財・サービスを大量に生産することではなく、
社会の構成員がその成果へ適切にアクセスし、それぞれの能力を発揮できる条件を形成すること
にある。
第10命題 経済は人間社会の目的ではなく、人類文明を成立させる基盤である
経済成長それ自体を人類社会の最終目的とすることはできない。
経済の役割は、人間が生存し、安心して生活し、教育を受け、文化・科学・芸術を発展させ、自らの能力を発揮できる物質的・制度的条件を形成することにある。
したがって、
マクロ経済の現実論
は、
貨幣・信用・企業・国家・生産・所得・分配の現実的構造を明らかにする基礎理論であり、
その先には、
人類社会の最終文明論
が存在する。
人類社会の最終文明論は、
経済的豊かさを、人間の自由、幸福、能力発揮、社会的調和、文化・科学の発展へどのように転換するか
を探究する理論である。
したがって、
マクロ経済の現実論は「豊かな文明を可能にする経済的条件」を解明し、人類社会の最終文明論は「その豊かさを何のために用いるのか」を規定する。
両者は別個の理論ではなく、一つの社会理論体系の基礎部分と最終部分を構成する。


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